こんにちは!日本の(常)田山日里です!

 

毎年、夏に東京の隅田川で行われている隅田川花火大会が有名ですよね?

いったい隅田川花火大会はいつから行われていたのか?が気になったので調べてみました!

 

すると、歴史は古く300年も前にルーツとなるモノが始まり

あの有名な玉屋と鍵屋が発端であることも明らかになりました!

隅田川花火大会の歴史は?現代は何をしている?

隅田川のルーツは死者を弔う葬式?

隅田川花火大会のルーツは約300年前。

 

1732年に江戸でコレラが大流行し多くの死者が出ていた時代に死者の霊を弔うための法会

徳川家の暴れん坊将軍で有名な8代将軍・吉宗が大川端(隅田川)で催したのがルーツとされています。

当初は50発にみたない程度の花火を上げ、死者を弔う法会という色が強かったそうです。

 

元は死者を弔うために行っていた法会が、なぜ現代ではここまで盛大にお祭り行儀になっているのか?

調べてみると、花火シーズンによく耳にする鍵屋、玉屋が大きく関わっていることが分かりました!

 

鍵屋と玉屋が競った結果生まれたのが隅田川花火大会!

死者を弔うために花火を上げていたわけですが、その花火を担当していたのが世に有名な鍵屋。

そして、この文化が始まって約100年後となる1808年に玉屋が創業したことで隅田川花火大会へつながるんです。

 

余談ですが、鍵屋と玉屋は争っていたという事を知っている方が多いと思うのですが、実はこの2つはのれん分けした兄弟のような関係なんです。

鍵屋と玉屋は仲が悪いと思われがちですが、言うほど仲が悪かったという真実はないというのが真相だそうですよ。

 

 

玉屋が創業して以来、鍵屋と玉屋は毎年、隅田川を挟み交互に花火を打ち上げます。

この時に、観ていた人たちが良いと思ったほうの花火に対し声を上げる風習が根付きました。

 

これが世に有名な

『たまやー』

『かぎやー』

という掛け声となり世に浸透しているんです。

 

玉屋vs鍵屋!

2つの兄弟企業が隅田川で花火の出来を競ったことが、今の隅田川花火大会のルーツとされています。

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現代では花火大会の決勝戦!?

玉屋と鍵屋の戦いが元となっている隅田川花火大会ですが、現代で行われている隅田川花火大会には出場資格が必要になっているんです。

その為に、日本屈指のハイレベルな花火が観れるわけです。

この隅田川花火大会に出場している企業は国内の競技会を勝ち抜いた業者のみ。

年間を通して行われているわけではないのですが、正式な競技として花火を審査し隅田川花火大会で花火を上げられる業者を選別しているわけです。

 

年間を通して行われた花火大会の結果から優秀な3社が晴れて隅田川花火大会に出場できる。

そして、両国花火と呼ばれる7つの企業と、年間を勝ち抜いた3つの企業が晴れ舞台で花火の出来を競い合う。

つまり、隅田川花火大会とは花火企業にとって、最高の晴れ舞台であり熾烈を極める極限の勝負場ということです。

 

まとめ

・隅田川花火大会は300年の歴史あり。

・元は鍵屋と玉屋が競い合っていた。

・現代では両国花火7社+年間を勝ち抜い3社の計10社による花火対決。

 

隅田川花火大会には厳しい出場条件があり、一流の花火企業が腕を競い合う晴れ舞台だそうです。

観ている側からすると、どの花火も綺麗だなとしか思わないけど見慣れている人からすると優劣がしっかりと着くようです。

 

一般人による投票はないのが残念ですが、どの企業の花火が良いかを自分なりに考えてみるとより楽しめそう♪

花火の良し悪しを決める基準は分かりませんが、自分の中でのランキングを付けることで花火大会をより楽しめるのは間違いないですから!

 

みなさんも、自分なりのランキングを付けながら花火大会を楽しん見てはいかがでしょうか?